横山裕の家庭環境―虐待の父から母や弟を守る

関ジャニ∞横山裕くん。

明るくていい意味で適当感があって、
そして優しい人という印象です。

しかしながら彼の幼少時代は意外にも、非常に試練であったようです。

横山くんの家庭環境についてフォーカスしました。

 

プロフィール

横山裕iikaoda

【芸名】横山裕(よこやまゆう)
【本名】横山侯隆(よこやまきみたか)
【生年月日】1981年5月9日(34歳)
【出身】大阪府大阪市
【身長】176cm
【体重】62kg
【血液型】A型
【入所日】1996年12月25日(15歳)

☆wikipediaページは<コチラ>
まとめページは<コチラ>

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ちなみに名前についてはジャニーズとしては珍しく本名じゃありません。

なんでも、ジャニー喜多川社長から

「侯隆(きみたか)長いし難しいからYOUは裕にしちゃいなよ!」

と言われたことがきっかけなようです。

さすがジャニー社長・・・適当です(^_^;)

 

幼少期~少年時代の家庭環境

横山裕くんの母親は彼が幼い頃
(幼稚園くらいの時期)に離婚をし、再婚しています。

弟は義父と実母の間の子で、
次男の勤くんが6歳年下 三男の充くんが8歳年下です。

 

この母親が再婚した旦那(義理の父)とは全く馴染めず、
反発していたために嫌われて暴力を振るわれていたそうです。

そうでなくとも幼い子供に暴力に訴えて
服従させるような親が良いはずがないのですが。

時には棒まで使用して虐待してきたとのこと。

これは人間性が疑われます。

 

結局横山くんは義父と離れて、母方の祖父母と暮らすようになります。

その後祖父が他界し、再び母と暮らすことになりました。

 

同時に再び義父と暮らし始めたのですが、
関係が良くなることはなく相変わらず虐待はありました。

しかし横山くんもこの頃になると体が大きくなって
戦えるようになっていますし、義父からは働くように言われていて
ある程度自分でお金を稼ぐこともできていたのです。

 

それもあって、きっと反抗していたのでしょう。

彼が16歳のとき両親は離婚をし、義父は家を出ていったのです。

もともと横山くんの母親とも上手くいってなかったんだと思います。

 

が、二人の義理の弟は母が引き取り母子家庭なので
当然ながら生活は非常に貧しかったそうです。

その義理の弟たちとはなかなか馴染めませんでしたが、
再び一緒に暮らすようになってからは非常に仲良しになりました。

バレンタインのチョコ誰が一番多く
ゲットできるか競争したりもしたんだとか。

そのときは三男の充くんが勝利したようです。

充くんはまだ当時小学校低学年なのですが(笑)

 

横山裕くんは実母のことも義理の弟のことも大好きです。

 

ちなみに 同じく関ジャニ∞の錦戸亮くんも
妹が大好きで有名ですが、その件はこちらでまとめています。

錦戸亮の実家は焼肉店!意外にも兄妹想いの性格

 

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「オニギシ」とは

「オニギシ」は、横山くんがお母さんのために作った曲。

小さい頃「おにぎり」と発音できずに
「オニギシ」と言っていたことが由来という、

横山くんの人生そのものが詰まった曲です。

横山裕ocharake

お母さんの作ってくれたおにぎりは少し塩辛かったけど、
でも決して忘れることのできない特別な味。

そのお母さんに対しての感謝の気持ちと愛情を
目いっぱいに表現した歌詞となっています。

オニギシ」歌詞

 

横山くんによる、母に対しての感動のコメントです。

おかんの性格は適当だけど心配性。めちゃくちゃ何回も電話してくる。僕が電話してくるなと言うので、もうだいぶ減りましたけど。でも、やっぱりね、できるときに何かしてあげな、と思います。おばあちゃんやおじいちゃんが亡くなってより一層そう思うようになりました。コンサートを見に来ることが楽しみであれば、来てもらって楽しんでもらえればいいなって。体にだけは気をつけてほしいと思っています。
朝日新聞記事より

本当に優しいですよね^^

 

ところが横山くんがこの次の月2010年5月、母親は
スーパーで買い物中「虚血性心疾患」によって突然倒れ、そのまま逝去されました。

特に持病もなく、それまで普通に元気だったのが
嘘のような急な出来事に横山くんは当然絶句しました。

当時まだ50歳

もちろん前月のコメント内容からみても
いつかは、と覚悟はしていたでしょうけど・・・・・。

いくらなんでもまさかの出来事だったでしょう。

人間はいつどこでどうなるか、本当にわかりません。

 

しかもこのときちょうど横山くんが
ソロツアーをしていて、その亡くなった当日もライブがありました。

当然ながらそこで歌う「オニギシ」には、
これ以上ないほどの重みがあったことだろうと思います。

 

お母ちゃん、ボクは何してあげられた? 優しかった?

もっと一緒に笑いたかったな。でももうそれも遅いんやな

お母ちゃんは楽しかったんかな

やっぱり僕、おにぎりじゃなくてオニギシが食べたいねん

 

こんな歌詞があるのですが、あまりにもリアルですよね。

横山くんがこの詩を書いた当初、お母さんはまだご健在でした。

ご健在でさえいれば、いつでも「オニギシ」は食べられたのですが―

 

決して苦労はしていない

横山裕くんの人生には、いろんな災難があったようにみえます。

でもそれに対して決してネガティブにならず、
「俺は人生で苦労していない」と言ってるんだとか。

こう言えるのは本当に立派ですよね。

 

確かに、この世の中には横山くんよりも
もっと大変な環境に置かれている人たちもたくさんいます。

お母さんには愛されていたわけですし、気の合う兄弟もいた

そして祖父母も支えてくれていたわけですからね。

さらなる苦労を経験してる人たちのことを考えたら、自分の人生なんて
まだまだ苦労と呼べないという意味なんだろうと思います。

 

そんな常に前向きで強い横山くんですから、
これからもきっと明るい笑顔を見せ続けてくれることだろうと思いますね^^




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One Response to “横山裕の家庭環境―虐待の父から母や弟を守る”

  1. しょんぼり猫 より:

    義理の兄弟ではなく異父兄弟ですね。
    お母さまを通して血はつながってますよ。

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